というありがちなお話を、正門くんに
彼氏に浮気された。
仕事でのプレゼンに大失敗した。
大好きだったパスタ屋さんが閉店していた。
家賃が5000円も上がった。
友達から結婚するとLINEが来た。
私には明日がない。
生きていく意味がない。
そう思いながら商店街でたい焼きを買い、石段の端に座りながらモシャモシャと口に頬張っていた。
夕陽が眩しい天気のいい日、涙の流し方すら忘れるくらい生きることに疲弊していた。
2匹目のたい焼きのしっぽを頬張った瞬間、目の前に影が出来た。
顔を上げると着流し姿の男性が私を覗いていた。
おもわず「ひぇ!」と声を上げる。
「ごめんね、びっくりさせちゃったかな。あまりにも気持ちよくたい焼きを食べてるものだからつい、ね」と微笑みながら言う男性は、30代か20代半ばに見える。
その微笑みは今の私にとっては夕陽のオレンジよりも暖かく、沁みいった。
そして着流しの彼は何を言うことなく、ただ私の頭をポンポンと二度、撫でるように打って消えた。
数日後、彼氏からお別れを告げられた。
正直未練も何もなく、逆に憑き物が落ちたようにスッキリした自分が居た。
仕事も、長めの休暇を取った。
嫌味を言われたが知ったこっちゃない。
もうどうにでもなれの気持ちだった。
とにかく何もかも、一度捨ててみようと思った。
休暇を取ってみたが特にすることもなく、ダラダラ過ごして夕刻近くに散歩に出た。
すこしお腹が空いたな、たい焼き、食べよ!といつもの商店街へ。
そしていつもの石段で相も変わらず頭から食べているとオレンジの微笑みの彼が現れた。
軽く会釈すると彼は「何か重たい荷物でもおろしてきた?この間より生きるのが少し楽になったように見えるよ」と。
「なんで分かるの?」
「んーーー、何となく?」
と言うとまた、微笑みながら私の頭をポンポンと打ち、消えた。
なんなんだろ、あの人。
長期休暇を経て、久しぶりに出社すると、何故か私の企画が通っていた。
どういうこと?と同僚に聞くと、失敗と思っていたプレゼンが上の上のさらに上の人に好評だったらしく、トントン拍子で進んで行ったらしい。
「休んでる間大変だったんだから!私が進めておいたから、あとは頼むよ、リーダー!!」
「え、リーダー?」
「そうよ、あなたの企画なんだからー!」
と笑顔で言う同僚。
はぁーーー、これは頑張るしかない。
自分で自分をお祝い!と言ってもささやかなたい焼き2匹。
また、来てくれるかなっていう小さな望みを掛けつつ。
「あ、今日も2匹」と声が聞こえた。
「あなた、何者?名前は?」
「そうだな、次郎、とでも言っておくか。次の郎で、じろう」
「じろうさん、よく分からないけどあなたに会ってからラッキーが続いているの。どんなパワーがあるの?」
「パワーなんてないよ。まぁ、たまたまだよ。でも幸せそうだね、よかったよ」
と微笑んで人混みに消えて行った。
今日は頭ポンポンしてくれないのね。
それ以来、次郎さんがやって来ることはなかった。
たい焼きを食べても、夕刻に商店街に行っても、現れなかった。
ちょっと好きだったのかも、なのにな。
企画リーダーとして忙しい日々の中、朝の電車を待っているホームで小説を読む横顔に見覚えがある男性が。
「次郎さん?」
思わず声を掛ける。
「あ、いや、あの次郎と書いて『つぐろう』と言いますが……」
「あ、すいません、知人に似ていたものですから……」
「もしかしたら、僕の叔父かもしれません。同じ漢字を書いてじろうと読みます。僕にそっくりらしくて。去年亡くなったと聞いていますが」
「え……?あの、着流しとか、よく着てらっしゃいました?」
「はい、よくご存知ですね。実家で着流しを着ている写真を見た事があります」
「亡くなったのは去年……ホントですか?」
「ええ」
私が出会った次郎さんはこの世にもう存在していなかった。
あの優しい夕陽の微笑みを見ることはもう出来ない。
ホロホロと涙を流す私に困った風なつぐろうさんが「あ、あの、ごめんなさい」と謝る。
「あなたが悪いわけではないです」と泣きながら笑ってしまった。
続く
みたいな役を正門くんにやってもらいたいんですが。